2014年12月15日

エビデンスは神託と同じようなもの。使い物にならないエビデンスはどうするの?



たまには、独り言のようなものを書いてみよう。


西内 啓氏著「統計学が最強の学問である」という本を前に読んだ。内容についてはここには詳しく書かないが、この本に書かれていないことが二つある。


それは、


(1)統計学を駆使して出た科学的な結論をめぐって、場合によっては、個人的あるいは政治的な理由で握りつぶされたり、奇妙な事態になってしまったりといったことがある。


ということ。


そして、もうひとつは、


(2)統計学を駆使して出た科学的結論の中には、使い物にもならなければ、どう扱えばいいのかもよくわからないものもある。


ということ。


前者(1)の例。

2000年代に出た複数の研究の結果、ものすごく大雑把に言えば、糖尿病に対して一生懸命に血糖を下げる努力をしても、それ程いいことは無さそうだ、それどころか、むしろ有害だ、というエビデンスが出た。私は、講演で、書籍の中で、あるいは目の前でこれを真っ向から否定するドクターを見たことがある。当たり前だが、このエビデンスを覆すに足るような、新しい研究結果をもってきたわけではない。ただ単に、私はそのエビデンスは信じない、と言ったのだ。

その時の私の反応はと言えば・・・


「ええーっ・・・・・」


だった。


そうなのだ。エビデンス自体は科学的な事実あっても、問題は受け取り方なのだ。例えて言えば、神託oracle と同じ。神様が真実を教えてくれたとしても、人間がそれを信じなければ、その神託は人間社会に何の影響も及ぼさない。エビデンスも全く同じである。evidencoracleという造語をつくってもいいくらいだ(センスがないか・・・)。

上の例で言えば、糖尿病のエビデンスを否定するドクターにとって、従来の診療スタイルを変えない限り、そのエビデンスは無いのとまったく同じことだ。結果、有害になる可能性のある診療をいつまでも、いつまでも、いつまでも続ける可能性がある。


これはミクロの例だが、マクロの例でいってみよう。喫煙は肺癌のリスクになることは統計学の手法で証明された。しかし、タバコ規制や分煙化や広告禁止、教育現場での啓蒙、税金の強化、その結果として喫煙率の減少が、公権力の強力な(というより、はっきり言って強引すぎるほど強引な)イニシアティブ無しで達成されたか?と言えば自分はとても疑問に思う。

もしも、政府が動いていなければ、タバコ会社は様々な商業戦略を打ち出して、肺癌その他のリスクなんて、どうでも良い物として握りつぶされていたはずだと自分は思う。


というのも、現在進行形で以下のような問題があるからだ。


トランス脂肪酸という有害な物質が加工食品の中にこれまで添加されていた。が、アメリカをはじめ、いくつかの先進国では、これが全面禁止となった。全 面 禁 止 である。向こうの一般向けのパンフレットには、有害で毒だから、1gたりとも摂取するな!と書いてある。トランス脂肪酸が有害である、というエビデンスは、もちろん、いくつもある。


日本はどうかと言えば、農林水産省のホームページだとこう書いてあるんだぜ。


日本人でも食事からとる脂質の量が多い場合には、トランス脂肪酸をとる量も多くなることが報告されています。そのため、食塩や脂質を控えめにし、いろいろな食品をバランスよく食べるという食生活指針の基本を守れば、トランス脂肪酸によって心臓病のリスクが高まる可能性は低いと推定されます。 農林水産省では、健やかな食生活を送るためには、トランス脂肪酸という食品中の一成分だけに着目するのではなく、現状において日本人がとりすぎの傾向にあり、生活習慣病のリスクを高めることが指摘されている脂質そのものや塩分を控えることを優先すべきと考えています。


だと。短くまとめると、アメリカでは毒になってるけど、健康な食生活さえしてれば、毒でも食べてオッケーです、ということだろう(笑)。

そして、我々日本人は、毎日毎日、アメリカでは毒だと認定されているトランス脂肪酸を摂取してるわけである。いくらエビデンスがあろうが、公権力が動かなければ、どうにもならないのだ。全面禁止になる前は、アメリカではトランス脂肪酸がどれだけ入っているかの表示義務があったが、日本にはそれすら無い。加工食品に紛れ込んでいるトランス脂肪酸がどれだけあるのかすら消費者は分からない。だから、我々は、ひたすら黙って毒を食べるしかない。そういうこと。


これとは逆のパターンの例で行こう。子宮頸がんワクチンというものがある。エビデンスはある。確かに、New England Journal of Medicine にあった論文には、発がんを抑えると書いてあった!がんがワクチンで予防できるなんて夢のような話だぜ。


しかしだ。調べれば調べるほどに、


「う・・・うぅーん・・・」


となった。まず、日本の場合だと、子宮頸がんの年間の死亡数は、だいたい3000人である。そんなに死なない。年間に自殺する女性は、多分この5倍の数だ。

がんの原因のHuman papilloma virus という病原体にはいくつか種類があって、日本の場合だと半分近くの病原体がワクチンに対して無効なのだ。効かないのだよ。ワクチン打っても。がんの原因になる病原体の半分くらいにしか。

そして、このワクチン、効果が切れるまで結構短い。3年だか5年だかで効果が無くなるらしいのだ。そして、もしもHuman papilloma virusに感染したら、その時点でアウトである。ワクチンには発がんを抑える効果がなくなってしまう。

さらに言えば、ワクチン接種をしなくても、スクリーニング方法が確立しているから、これを定期的に受けていれば子宮頸がんは見つけられる。そして、子宮頸がんは早期に治療できれば基本的に予後がよい病気なので、死ぬ可能性は少ない。だから、究極的にはワクチンは無くても、子宮頸がんに限って言えば、ものすごく困った事態にはならない。つまり、存在意義も、微妙、みたいな。

最期に。この子宮頸がんワクチン、この程度のクオリティの分際で、ものすごく高いのだ。


日本では副作用のニュースが多くでたが、本当に問題なのはワクチンのクオリティ(の割に高いこと)だ。で、税金使って、少し前の話になるけど学校児童は全員やろう、みたいな話になってましたよね。馬鹿馬鹿しい。正気とは思えないんだぜ。このクオリティのワクチン接種を集団でやるなんて。なぜに税金を使うんだ。個人が自己負担で納得した上でやるべきじゃないか。違う?

それに、担当者は、

「このワクチンはがんウイルスの半分にしか効かないからね。」

とかちゃんと説明したんだろうか。納税者には説明しましたか?もちろん、説明していないよな。


トランス脂肪酸と子宮頸がんワクチンをめぐる政治的な問題は、残念ながら裏がとれなかったので、ここでは書かない。が、それなりの政治的な事情がなければ、こういう現象はなかなか起こらないものなんじゃなかろうか。両方ともエビデンスはある。科学的な証明はある。しかしだ、現状あるいは近い過去の状況が、望ましい事態と言えるだろうか?


西内氏の著書は、統計的な手法を用いて科学的な知識を得て、さあアクションをおこせるぞ、というところまでは書いてある。が、実は問題はその先なのではないだろうか。


エビデンスは提示された。

しかし、ミクロのレベルではエビデンスは無視されれば、それでおしまいである。マクロのレベルでは、エビデンスが無視されるか変な解釈をされるか、あるいは取り上げられても方策が適切でなければapocalyptic な結果にしかならない。要するに、エビデンスは神の言葉と同じだ。神がいかに善意で正しいことを教えてくれても、それを受け取る人間達が無視したり、馬鹿だったら、意味がないのだ。


*****


さて、長々と書いた上での、最初の方のページの後者(2)の例。使い物にならないエビデンスはどうするの?という話。


前に、お金持ちは長生きするけど、貧乏人は早死にする、という記事を書いた。実は、低学歴だと有意差をもって早死にするという論文もある。容姿が良い程、有意差をもって、たくさん給料をもらえるという論文もある。容姿の良い子どものほうが、親の愛情をたくさん受けられるという研究結果もある。


こういうのって、どう扱えばいいのか。科学的に証明可能な事実だろうが、証明して一体どうする。何がしたいんだ。憂鬱になるだけじゃないか。


いや、上の方で相当な無茶苦茶を書いたんだから、もっと挑発的なことでも書いてやろう。


@仮にあなたが、タバコ会社で働いているとしよう。低学歴者、低所得者ほどタバコを吸う(実は、これも証明されている)。だから、この層をターゲットに積極的なマーケティングをしよう。さあ、低学歴低所得者層よ、どんどんタバコを吸え。そしてわが社の売り上げに貢献せよ。そしてさっさと死んでしまえ(喫煙者が早死にすることも証明されている)。


A仮にあなたが、美容整形外科医院に勤めているとしよう。顔が良い程、企業面接も受かりやすいぞ!給料も高いぞ!みんな整形しようぜ!という広告をうつことを企画した。だってそういうエビデンスがあるんだもの。


Bあなたが育児に悩む母親を目の前にしたカウンセラーだとしよう。大丈夫です、お母さん。見た目が可愛くない子どもに、親が愛情を持てないのは科学的に証明されている。大丈夫!


とても、非常に、醜く非人間的で、非倫理的である。越えてはならない一線を越えてる気が自分はするのだ。使い物にならないエビデンスと言ったが、やっぱり無理に使おうとしても、ろくなことにはならないと思う。というか、これじゃ使えないのと一緒か。


医学分野というより、社会科学や経済とか心理学でこの手の論文が多い気がする。なんか、著者には悪いけど、読後感がすげー最悪、みたいな論文とか研究が。


おそらくは、人間社会について、何もかも統計学的手法で、科学的に証明されて明らかになったとしたら、結構な人数の人間が無気力と人間不信に陥ってしまうのではなかろうか。

共有している嘘や幻想があったほうが、平穏に過ごせるならそれはそれで良いのではないかと思う。統計学的な無残さで、そういった嘘や幻想を叩き壊した後には、無気力になった人々がごろごろと転がっているだけ。これはこれで、apocalyptic な光景ではある。


著者には悪いが、「統計学が最強の学問である」という本は、あまり楽しく読めなかったんです。ええ。以上のようなわけで。自分のせいなんだけど。

posted by ペンギン太郎 at 04:13| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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