2015年03月07日

川崎市の少年犯罪について。未成年を狙う犯罪加害者は、未成年だった。アメリカでは、終身刑となった未成年殺人者は、更生プログラムに参加させない!



という話。


川崎市で痛ましい事件が起こった。中学一年の少年が無残に殺された。

色々な意見はあると思う。いろいろ調べてみたものの、なんだか今回はすっきりしないような・・・。


個人的な意見。

加害少年達の更生は、おそらく無理であろう。更生という言葉が持つ曖昧性を排除し、実際にこの社会で、社会人として生きていくことが可能かと言えば、私は無理だと思う。

社会人として生きていくいうことを、労働の対価としてお金を得て、納税して自分で生活していくことだと、さらに具体的に絞れば、まずほとんど不可能に近いと考える。


更生を訴える方々に言いたい。彼ら更生プログラムを受けて社会復帰することを、今後の目標として設定したとしよう。


リスクとコストを、どこかの誰かに丸投げしてませんか?

@あなたが経営者だったらば、彼らを雇いますか?

A彼らが介護の仕事についたとしよう。自分の親を、任せようと思いますか?

B彼らがベビーシッターになったとしよう。自分の子どもを彼らに任せようと思いますか?

C部下になったら、仕事を任せますか?彼らの過失を起こした場合に、責任をとりますか?

D銀行家だったら、お金を貸しますか?

E彼らが独立事業主になった場合に、信用して契約を結びますか?

F責任をもって、どこかに推薦する場合に、あなたは推薦状を書きますか?


私は、これらの質問に全てノーだ。当たり前の話だが、@からFの質問の中のどれかに対して、どこかの誰かがイエスと答えない限り、彼らの社会復帰は無理なのだ。

過去の過失が、少年法という法律で隠ぺいされた状態にあると考えて、もう一度、上の質問を見て頂きたい。年少者を惨殺した加害者に対して、それを知らずに@からFの質問に対してイエスと答えたとしよう。後からそれを知らされたとして、不当なリスクを負わされたと考え、憤りを感じない人は、一体どれだけいるのだろう


人権尊重を訴える人の論点の矛盾はここにある。自分は被害を蒙らない気楽な立場で、どこかの誰かにリスクとコストを押し付ける。所詮は他人事、であればこその理想主義なわけだ。そんな無責任な理想主義をかかげるくらいなら、無理なもんは無理だと言った方が私はましだと考える。自分は安全で守られたところにいながら、他者には危険で実現困難、かつ具体的なメリットも少ない理想主義を圧しつけたスターリンや金日成という人物が過去にいたという教訓を、よくよく考えてみよう。


が、上村さんを惨殺した加害者が社会復帰したとして、@からFまでの質問にイエスと答えられる人がいたらば、本物の理想主義者だ。その志は十分、賞賛に値するだろう。


で、以下は調べたこと。

アメリカでは、未成年でも凶悪犯罪を犯した者は、仮釈放なしの終身刑になるそうだ。


The Lives of Juvenile Lifers:Findings from a National Survey.


という2012年の文書によると、


Most (61.9%) juvenile lifers are not engaged in programming in prison,but this is generally not due to lack of interest, but because of state or prison policies.


とあり、6割以上が厚生プログラムを受けていないそうだ。厳しい話だが、さすがはアメリカ・・・。どうせ出所しないんだから、再犯防止の更生プログラムなんて無駄でしょ!!合理的でしょ!!ということなんだろうか。


Fewer than half (46.6%) of these individuals had been attending school at the time of their offense;


ともある。半数以上が、犯行時の時点で、学校に全く行ってなかったとか。不登校は少年犯罪のリスクということか。確かに親の監督が不十分で、学校からの監視もなければ、どこで何がおこってんのかなんて、本人以外は誰にも分からない。その状態で、不幸な偶然が重なれば、今回みたいな事件が起こるのかもしれない。未成年は学校に行かなきゃだめだ!!


で、国際連合が出してる。World youth report 2003年の文書を読んでみた。Jevenile Delinquency という章。もっと新しい年度のもあったんだが、読み終わってから気が付いたんだぜ。


The results of a number ofstudies indicated that the victims of violent crimes committed by juveniles were mostly other juveniles.(199ページ)

(多くの研究の結果、未成年による暴力犯罪の被害者も、だいたいが未成年であることが示された。)


とある。つまりは、子どもを暴力犯罪から守るためには、他の未成年に注意せよ。ということだ。罪の無い成人を不審者扱いして必死に監視している場合じゃない。未成年を監視しないと(監督のほうが言葉としては良いだろうか)、子どもは守れないのだ。


で、少年犯罪の再犯防止の方法としては何があるのか、と言えば・・・。

In practice, many prevention approaches have proved ineffective.(205 ページ)

(実際、多くの再犯防止のための方策は、意味がないことが証明されている。)

とある。うーむ。


少年犯罪の背景としては、未成年の経済的社会的苦境、都市化、文化的な背景、メディアの影響、社会的な機会からの排除、等がある、とある。犯罪加害者個人のレベルでの努力じゃなく、これらの是正を考えよう、ということが言いたいのだと自分は感じた。


特に、下記は考えさせられた。長いが引用。194ページ。


In both developed and developing countries, consumer standards created by the media are considerably beyond the capacity of most families to achieve.Nevertheless, these ideals become a virtual reality for many young people, some of whom will go to great lengths to maintain a lifestyle they cannot afford. Because not all population groups have access to the necessary resources, including education, professional training, satisfactory employment and income, health services, and adequate housing, there are those who are unable to achieve their goals by legal means. The contradiction between idealized and socially approved goals and the sometimes limited real-life opportunities to achieve them legally creates a sense of frustration in many young people.

(先進国にとっても発展途上国にとっても、メディアがつくりだす消費者の標準的な姿は、殆んどの家族にとって遠く手の届かないものだ。それにも関わらず、これらの理想的な姿は、若い人々にとっては仮想的な現実となる。彼らの中の幾人かは、手の届かないライフスタイルを維持するために労を厭わないだろう。全ての人々にとって必要な教育、職業訓練、満足する雇用と収入、医療、住宅環境を含む必要な資源を手にする方法が開かれているわけではない。合法的な手段でもって、メディアのつくる仮想現実というゴールには達しない人々がいる。理想化されたゴールと社会的に許されたゴールの違い、そして、時としてそのゴールに合法的に達するための機会が現実世界で制限されていることで、多くの若者が、不満に陥るのだ。)


で、犯罪に向かうと。確かに。言われればそんな気もするな。


青春ものはたいてい舞台が進学校である。主人公は、おしゃれな家に住んでいる。両親は甘くうるさいことも言わないのに、なぜか優等生である、友達もいっぱいいる。異性からも人気があって・・・。

でも・・・やっぱり・・満足できない。大好きなあの子とつきあいたい!!


こんな作品をたくさん作りだしているメディアの方々に、未成年犯罪の責任はあった!!

(笑)とか言ったら怒られるのだろうか。


どう考えたって、メディアのつくる青春とかの標準像と、大多数の未成年の生きる現実は大きく乖離してるわけである。それを相対化できればいいけど、自分の過去をふりかえっても、それが結構難しかったりするわけだ。「なんで自分はこんなに恵まれてないんだー!」みたいな。昔は思ってたなあ。


で、自分の中では、こんなくだらねーもん見てストレスためるよりは、見なければいいや、という結論になった。以来、テレビは15年以上、ろくに見ていない。読む本は古典とノンフィクションに限ることにした。


まとまってないが、今回はこれで。

posted by ペンギン太郎 at 18:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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