2014年10月28日

サイモン・シンの「代替医療解剖」の反論。カイロプラクティックを受ければ373万人に1人の確率で死ぬ。



という話。

少し前に、サイモン・シンの「代替医療解剖」という本を読んだ。サイモン・シンは、「フェルマーの最終定理」や「暗号解読」といった本の著者。


感想はと言えば・・・。

代替医療のナンセンスさが、これでもか、これでもか、ええいこれでもかぁー、と強調されていてところどころで笑ってしまったのだが・・(全くの個人的な感想です)。


アリストテレスの詭弁的な主張によれば、殺人やら強姦やらの絶対的な悪を除けば、正義や真実は中庸(多すぎず少なすぎず、過不足の全くないバランスのとれた状態)にあるそうだ。とすれば、代替医療が殺人と同レベルの悪でない限りは、強い否定は、強い肯定と同様の間違いである。つまり、私はこの作者の立場があまり好きではない。というより、はっきり言えば嫌いだ。


例を上げよう。わが国には皇室があり、三種の神器というものがある。天皇は神の子孫である。神器は神聖なる宝具である。しかし、科学的な立場から言えば、天皇はただのヒトであり、三種の神器もただの物体に過ぎない。


私はこういった主張には絶対に賛成できない。理性の部分でのナンセンスさは分かっていても情念が許さない。科学がどんなに発達しようが、天皇は神の子孫だし三種の神器は神聖な宝具だ。自分はそう信じている。どんな科学的反証をもってこられても、自分はそう信じる、とあくまで主張するだろう。それが情念の声だからだ、としか言いようがない。

サイモン・シン氏は、この、「天皇はただのヒトです。三種の神器もただの物体です」と、一生懸命に論じている人なのだ。


アメリカの進化論論争も、イスラム圏の宗教的熱狂の爆発も、結局はこういう問題なんではないかと想像する。「ナンセンスなのは分かっている。だが、認めたくない!いや、絶対に認めないぞ!」みたいな。

誤解を招くようなので、断っておくが、別に私はこの本に書いてある特定の代替医療の賛同者ではない。むしろ、著者の反論も、「実にもっともだ、代替医療はなんてナンセンスな代物なんだ。こんなの間違っている。」と頷いてしまう方だ。ただ、その反論のやり方が気に入らない。伝わるだろうか、このニュアンス。


ぐだぐだーと書きすぎた。この文章の本題は、一応、この本の反論だ。


古い論文だが、


Unconditional Medicine in the United States.


という、1993年のNew England Journal of Medicie の論文から。

アメリカの成人1539人から電話でアンケートをとって、代替医療の利用について調べてみた。結果だが、なんと34%もの人間が、代替医療を利用したころがあるという。しかし、医療機関を受診せず、代替医療だけを受けているのはたったの4% に過ぎない。さらに言えば、


癌、糖尿病、肺疾患、皮膚病変、高血圧、泌尿器疾患、歯科疾患の患者で、医療機関を受診せずに代替医療だけを受けている人はいなかった。


とある。サイモン・シンの「代替医療解剖」では、代替医療のみを受けていて医療機関を受診せず、病状が悪化するリスクを強調しているが、この論文によれば、そういった人は1500人以上もいる中で1人もいないのだ。


これが一般的な傾向であるとするならば、代替医療のみを受けて医療機関を受診せず、重症化するケースというのは、非常に稀なケースということになる(ちなみに、1500人いて1人いるんであれば、0.00067%の確率である)。こういったケースは、代替医療の責任というよりは、個人の情報リテラシーの問題だと自分は考える。今よりはるかに情報化が進んでいない1990年代の初頭でさえ、この結果なのだ。インターネットで情報が簡単に手に入る現代では・・・。


さらに、カイロプラクティックの結果、椎骨動脈解離による脳梗塞で死亡した女性の件を紹介し、カイロプラクティックは安全性に問題があるとしている。しかし、


Safety of chiropractic interventions: a systematic review.


という2009年の論文からだと、カイロプラクティックで死亡する確率は1000万人に2.68人、つまり373万人に1人だ。こんなに稀な事象であれば、ワクチンの安全性と同様、因果関係の証明がとても難しくなってしまう。(例えば、カイロプラクティックの後にたまたま死亡しただけで、カイロプラクティックは関係ない可能性を否定するのは簡単ではない)。


というわけで、実は、この本の代替医療の安全性の問題については、あまり根拠が強くはないのだ。そして、この本から、安全性の部分を除いたら、まさに


「天皇はただのヒトです。三種の神器もただの物体です」


というのに似た主張になってしまうという・・・。なんとも・・。

しかし、この比喩は、個人的な意見というか感想ではあると言っておく。効果について科学的根拠のない物の売買で、市場が形成されていることが許せないという立場もあるだろうが、そのテーマについては、また別の文章を書こうと思う。

posted by ペンギン太郎 at 22:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月20日

エボラの話。



ハリソン内科学という教科書によればエボラの流行は以下。

1976年 患者数:550名 ザイール(死亡率 90% )、スーダン( 死亡率 50% )

1995年 患者数:337名 コンゴ民主共和国(旧ザイール 死亡率 88%

2000-2001年 患者数:425名 ウガンダ(死亡率 53%


そして今回。

WHO : Ebola Response Roadmap Situation Report 15 October 2014 という文書によると


患者数:8997名 、死亡者数4493名(死亡率 50%


だという。

過去の流行時の数字は、流行が終わった後に出たものである。一方で、このWHOの報告書の数字は現在進行形。過去のものと比べて、桁が2桁ほど違うことになるだろう。


流行地は以下。

リベリア:患者数 4249名、死亡者数 2458

シエラレオネ:患者数 3252名、死亡者数1183

ギニア:患者数 1472名、死亡者数 843


この3国が感染地域で、以下、散発的な発生があるのが

ナイジェリア:患者数 20名、死亡者数 8

セネガル:患者数 1名、死亡者数 0

スペイン:患者数 1名、死亡者数 0

アメリカ:患者数 2名、死亡者数 1


で、20141016日のNew England Journal of medicine の記事を読んでみた。記事は、Ebola Virus Disease in West Africa - The first 9 Months of the Epidemic and Forward Projections.


この記事によれば、

感染爆発をおこしているリベリア、シエラレオネ、ギニアの3国、合計67地区の中で、90%以上の症例が14地区(21%)に集中しているという。流行している3国の中でも無傷の地区(24地区)があるのだ。


そして、症候や潜伏期間、ヒトから人への感染までの期間等の指標を調査した上で、こう言っている。

Although the current epidemic of EVD in West Africa is unprecedented in scale , the clinical course of infection and the transmissibility of virus are similar to those in previous EVD outbreaks.

(現在の西アフリカでのエボラの流行は、規模の上では先例がないが、臨床経過とウイルスの感染力は過去の流行のものと同じだ。)


過去の流行は、いずれも患者の隔離と感染防御、エボラウイルスの死者の適切な埋葬(死体から感染する)で停止している。であれば、今回流行したエボラウイルスが、新たな病原性や感染力を獲得していない限りは、同じような対策でコントロールできるはずだ。


また、感染爆発をおこしている国でも、流行は特定の地域に集中している。であれば、物量の面で大変なことになるかもしれないが、この地域からの伝播を防げば、いずれは鎮静化するということになる。


そして、BBCの今日のニュースだと、WHO がナイジェリアのエボラフリーを宣言した。

エボラがもちこまれた国でも、しかるべき対策をすれば流行は防げるということだ。


自分は楽観的なので、だいたいこれで、世界的な大流行の可能性はおそらく無いだろうと考えてしまう。


posted by ペンギン太郎 at 20:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月19日

私の英語の語彙数は、小学生レベルだった。



物事の理念や重要性を述べたり強調したりすることは、具体的な方策をたてることに比べれば、はるかに簡単だ。誰でもできることだ、と言っても良い。
英語の重要性や必要性なんぞ分かりきったことだが、どうやったら英語力を高められるかは、分からない。

が、今回はヒントをつかんだという話。

Test your vocabulary というサイトがあって、テストに答えれば自分の英語の語彙数が分かる。やってみたが、自分は12500 だった。

このサイト、統計データも出しているが、この数は英語圏の10歳の語彙数の中央値だという(笑)。非英語圏の母集団からでは上位25%に位置するようだが、なんとも・・・。

参考に、英語圏での年齢と語彙数の中央値を書いてみよう。

5歳 6010
8歳 9890
10歳 12411
12歳 14375
15歳 19351
17歳 21395
20歳 23078
25歳 25308
30歳 27109

同サイトのグラフから拾ってきた数字である。ちなみに、どの年齢層でも、90パーセンタイルで40000語は超えない。
つまり、英語圏の成人の語彙は、20000から40000の間に入る。

非英語圏での語彙数のデータも出ている。このテストで測定された語彙数を国別にわけたデータでは、日本は54カ国中の40位だそうだ。韓国は22位、中国は48位、最下位はイランだそうである。

そして、非英語圏では、語彙数は20000を超えると上位10.8%に入る。

他、当然かもしれないけど、語彙数が上がれば上がるほどIELTS もTOFLEもスコアが上がるようだ。

確認のため、test your word knowledge (VocabularySize.com)という別のサイトでも測定してみたが、語彙数は13200だった(11歳レベルくらいか)。同サイトでは、英語を読めば読むほど語彙数は上がり、語彙数が上がれば上がるほど、英語は理解できるというアドバイスをもらった。

自分の語彙数が小学生レベル。
なんとなく、これは自分の感覚に合うような。「ハリー・ポッター」を読めば丁度いいくらいに感じても、「グレート・ギャツビー」は手も足も出ない。ディズニー映画は字幕なしでも理解できても、洋画や海外ドラマは全く歯が立たない。つまり、今の自分が、小説や洋画や海外ドラマが理解できない、というのは、子供が大人の会話や文章を理解できない、というのと同じ事なんだろう。

後、英語の新聞や英語の論文というのは、専門用語を除けば、とても理解しやすい平易な英文で書かれているのだろうとも思った。(いやいや、小学校高学年にもなれば、新聞くらい読み出すだろう。)

英語圏の成人と同じレベルのやり取りをするには最低20000語は覚えてないと無理、というのが今回の結論。自分はこれから7000語以上も覚えなければならない、という・・・。
posted by ペンギン太郎 at 18:31| Comment(0) | 英語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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